新成人。何となくつけたテレビでは、先程から全国各地の成人式の様子をニュースで伝えていた。各市町村トップの長すぎる話や、暴れる新成人、どこそこのアイドルの晴れ着姿など、毎年同じ様な内容が繰り返される。
安室さんの成人式って、どうだったのだろう。日本が大好きな人だから、袴?それともあの手脚の長い体格に似合いそうな細身のスーツでビシッと決めていたのだろうか?どちらにしても、注目を集めていたに違いない。
「安室くん、やっぱり格好良いね」
「全然変わってない!」
そんな風に、同じ新成人の女の子たちにヒソヒソと噂されていた筈だ。知りもしないそんな過去にさえ嫉妬してしまいそうな自分に呆れ返って、最早笑いすら覚える。案外安室さんのことだから「僕、忙しくて成人式出られなかったんですよね」なんて頭を掻いてそうな気もするが。
どれもこれも私の勝手な妄想。成人式のことなんて、話したこともないし。結局のところ、安室さんのこと全然知らないんだなあと小さく溜息を吐いたのだった。
最後に連絡を取ったのは半年前。
言葉もなく始まった関係だから、いつだって不安しかなかった。学生の頃のように「付き合おう」なんて言葉から始まることも、この歳になると減ってくる。決まってポアロに訪れるのは平日の夜遅く。客足も疎らになった店内で、安室さんと他愛もない会話を幾度となく繰り返した。
「言いましたっけ?僕、そう言えば最近犬を飼い始めまして……」
「え~、聞いてない!え、何犬?いや、犬詳しくないから言われてもわかんないかもしれないけど……」
「うーん、元は野良犬だったので詳しい犬種はわかりませんが……あ、写真見ます?」
「見る見る!え~、どんなコ?」
真っ白なワンちゃん。くりっくりなおめめに、柔らかそうな毛並み。ふさふさの眉毛が印象的な子犬の画像を眺めながら、思わず「可愛い~!」と声を上げると、安室さんはとても嬉しそうに微笑んだ。借りたスマホを安室さんに返却すると、安室さんは少し照れた様子で鼻の下を人差し指で擦りながらポケットへとスマホをしまって言葉を続けた。
「ハロって言うんですけど、……よかったらこの後家に見にきます?」
「え、いいの?会いたいなあ、ハロちゃん!」
「ふふっ、きっとハロも喜びます」
そんな風に口車に乗せられ、安室さんの自宅へとついていけば、あれよあれよと言う間に畳の上に引き倒された。私の身体の上に跨って「男の部屋に上がり込む意味……わかってます?」と、色気たっぷり雄全開の表情で微笑む安室さんに流されるまま身体を重ねた。そんな始まり。
その後も、ギターを教えてくれるという口実で部屋に誘われたり、「今、ベランダでセロリを育てているんです。今朝丁度収穫して浅漬けにしたんですけど、よかったら貰ってくれませんか?少し作り過ぎてしまって……」なんて言葉と共にまた連れ込まれたり。結局最後は、同じベッドの上で朝を迎えるというのが私たちのお決まりのパターンだった。
もしかして、付き合っていると思っているのは私だけかもしれない。安室さんとのことを思い出せば思い出すほど、そんな焦りが湧いてくる。
ベッドの上以外で愛の言葉を囁かれたことがなかった。デートは決まって安室さんの部屋か私の部屋で、それ以外は彼の車でドライブをするくらいだった。誰かに紹介されたこともない。ぐるぐると今更そんな不安が頭の中を駆け巡る。
都合のいい女、だったのかな。だから、半年も連絡が無いのかもしれない。ポアロに行ってみても、最近は本業が忙しいようで中々安室さんに会うことは出来なかった。そんなことが数ヶ月続けば、次第と足は遠のいていく。
ポアロに行く理由だって、結局は安室さんがいるからだ。珈琲が美味しいとか、料理が美味しいとか、確かにそれも理由のひとつではあるけれど、彼の居ないポアロへと頻繁に足を運ぶ気にはなれなかった。我ながらわかりやすい女だ。
他に好きな子が出来たのかな。
SNSじゃ、誰かと炎上したとかなんとか。どこの誰かもわからないようなアカウントの情報なんて信じたくもないけれど。
ネット社会なんて言葉が浸透するくらい、そこら中に色々な情報が溢れている。そのどこを探してみても、安室さんに繋がる確かな情報なんて何ひとつ見つからなかった。私が知っていることだって、携帯の番号とライン、それに彼の家や車くらいだ。その他は、可愛い白い犬を飼っていることぐらいしか知らない。自然消滅どころか、切られたのかも。そんな不安と戦っていたら、スマホがピコンと軽快なメロディーを奏でた。
“久しぶりですね。元気にしていますか?”
画面上部に飛び出たポップアップ表示を眺め、思わず眼を見開いた。メッセージの上に表示されているのは、可愛らしいワンちゃんのアイコンで。その隣に書かれた名前を何度見直しても、やっぱり安室さんのものだった。すぐに返信したい。すぐにアプリを開いて、ちゃんとメッセージを確認したい。そんな気持ちとは裏腹に、指はそのポップアップ表示を上へスワイプして見えないところへと飛ばした。半年待たされたんだ、三十分置いても文句は言われないだろう。そわそわと落ち着かない気持ちのまま、SNSを巡回したり、大して興味のない動画を見たりしながら時間を潰した。
「お待たせ!」
見慣れた白い車の助手席へと乗り込むと、半年振りに見るイケメンが微笑んでいた。結局、あれから数回メッセージをやり取りし、遅ばせながら二人初詣へと出掛けることになったのだ。
“風邪とか引いていませんか?”
“全然!元気、元気!”
“本当に?君、すぐ風邪引く癖に僕に言わないこと多いですよね……”
“本当だって!何ならインフルエンザワクチンも打ったし!”
“……ワクチン打ったからといってかからないわけじゃないですからね。ちゃんと手洗いうがいするように。それはそうと、もう初詣って行っちゃいましたか?”
“まだなら僕と今度行きませんか?”
続けざまに送られてきたメッセージに、頷く以外の選択肢は初めから無かった。たとえ既に初詣に行っていたとしてもだ。いや、実際にはまだだったんだけれど。それまでの不安は何処へやら、結局安室さんから連絡が来れば浮かれる。そしてまた会ってしまう。それの繰り返し。怖いから、この曖昧な関係を確認することなんて出来ない。笑顔を貼り付けて、何にも気にしてないよ、なんて顔で笑うしかないのだ。
「この時期になると、流石に空いていますね」
「そうだね。というか、そもそも初詣っていつまでいいの?」
「基本的には、三が日に行くのが一般的ですが……松の内までに参拝すればいいというのも聞きますね」
「松の内?」
「ええ。地域によって違いがあるみたいですが、関東だと一月七日までですかね」
「え、駄目じゃん。過ぎてる!」
「まあ小正月まではいいとか一月中はいいとか諸説ありますからねえ。ちなみに小正月は一月十五日のことですよ」
「ギリギリじゃん!」
「ふふっ、ですね」
あ、そこ段差あるので気を付けてくださいね。安室さんのその言葉も虚しく、小さな段差にすら足を取られてよろけた私の腰にすかさずガッシリとした腕が回される。
「ほら、言ってるそばから……」
少し呆れた表情を浮かべる安室さんにごめんごめんと苦笑を浮かべると「そこは有難うでしょう」と怒られた。
「あ、小銭あります?無かったら言ってくださいね。僕、余分に用意してきたので」
「五円玉合ったかなあ?うーん」
十分ご縁がありますように。奇跡的に三枚残っていた穴の開いた硬貨を握りしめた。小声で「二礼二拍手一礼だっけ?」と安室さんに確認すると、「そうです、合ってますよ」と優しく微笑んでくれた。
「あ!見て見て!大吉!」
やった!持って帰ろう!と喜ぶ私を見て、また安室さんは大きな蒼い眼を細めて笑っている。
「僕は吉でした。結んできますね」
「え、見たい!結ぶ前に見せてよ」
「じゃ、交換しましょうか。君のも見せて」
互いのおみくじを交換して、やれ健康運だ、仕事運だと笑い合う。睡眠不足が不調の原因だってさ。ほら、安室さん!いつも寝てないから!と、胸板を軽く叩くと「君だって人のこと言えないですよね」と頬を摘まれた。やめて、むにむにしないで。
◇◇◇
「ハロちゃんー。逢いたかったよー!」
ふわふわな体を抱き上げて頬擦りをする私の頬をぺろぺろと舐めるハロを見て、安室さんが苦笑を浮かべながらローテーブルへと珈琲の入ったマグカップを二つ置いた。
「こら、ハロ。そこは駄目だ」
ハッハッと息を上げるハロの前足が、むにっと私の胸元を押しているのに気が付いた安室さんが、ジトリとした目でハロを見つめて、私の胸元からハロを抱き上げた。くぅんと鳴き声を上げて、ハロは不思議そうな表情を浮かべている。
「彼女は僕のだから、いくら君でもそれは駄目。わかったか?」
ハロを床に下ろした安室さんにぎゅっと後ろから抱きしめられた。叱られたハロは心なしか少しシュンとした顔をしているように見える。慰めるように頭をひと撫でしてあげると、ぐりぐりと手のひらに頭を押しつけられた。可愛い。
「君はいつもそうやってすぐにハロを甘やかしますよね……」
「だってシュンとしちゃって可哀想だったから」
「僕だっていじけてます……ほら、撫でて」
「もう、何それ」
「君は僕の彼女でしょう。ちゃんと僕のことも甘やかして」
ぎゅっと後ろから抱き込むようにして、安室さんが耳元でそう囁いた。狡い。そんなの、撫でるしかないじゃん。後ろから首元で交差するように巻かれた腕をぽんぽんと叩くと、意味を理解した安室さんがそっと腕の力を緩めてくれた。
くるりと身体を回転させて、柔らかな金色の髪の毛を優しく撫でる。嬉しそうに蒼い瞳を細めて微笑んだ後、大きな手のひらを伸ばして頬を包んでくる安室さんにつられるように、ゆっくりと私も瞳を閉じた。
柔らかな唇に唇を啄まれて、そっと口を開くとその隙間からぬるりと安室さんの舌が入り込んできて、舌先で優しく私の舌に触れられた。お返しに軽く舌を絡めれば、更に絡みとられて、どんどんと口付けが深くなっていく。するりと大きな手のひらがニットの裾から侵入してきて背中を撫で始めたところで、ハロのくわあっと欠伸をする音にハッとなって慌てて唇を離した。すっかりとキスに夢中になり過ぎて、ハロの存在を忘れていたのだ。それが可笑しくて、なんだかちょっと気恥ずかしくて、二人してクスクスと笑い合った。ひと通り笑い合った後、今なら聞けるような気がして安室さんへと問いかけてみることした。
「ねえ、どうして?」
「ん?」
「いつも、ああいうこと……言ってくれないのに」
「ああ、ほら。僕のおみくじに書いてあったでしょう?行動で示せって。だから、今年の僕は君に伝わるように言葉に出していくことに決めたんです」
それに、何だか君を不安にさせていたみたいですし、ね?そう言って、またひとつ触れるだけの口付けを落とす安室さんにすっかりと心の迷いは吹き飛んだのだった──。
◯恋愛運 一途な想いが愛を深める 行動で示せ