赤い服と大学院生からは極力距離を置け

「お帰り」

 玄関の扉を開けると鬼がいた。
それはもう恐ろしい程に綺麗な笑みを浮かべた鬼、またの名を降谷零というその男は警察庁に勤める私の彼氏様である。ゴールデンウィークはお仕事だったのでは?

 冷や汗を浮かべながら靴のストラップを外して部屋に上がろうとすれば、「一体そんな色の服を着て、誰と何処に行ってたんだ?」とその場で正座させられた。私はハロか。

「僕がその色嫌いだって知ってるだろ?」
「……赤じゃないもん。ワインレッドだもん」
「ワイン“レッド”だろ?……赤じゃないか」
「じゃあ、チェリーピンク」
「……屁理屈を言わない」

 はあ、と前髪を掻き上げながら態とらしく溜息を吐く零くんに「……別に、零くんとのデートじゃないんだからいいじゃん」とぼそりと愚痴を零す。その瞬間、零くんの眉間にぐっと深い皺が刻まれる。私の小さな呟きすらも聞き逃さなかったのだろう。先程よりも更に不機嫌になった零くんに手首をぎしりと掴まれてしまった。地味に痛い。

「……そんなに粧し込んで、一体誰と“デート”していたのかな?」
「と、友達と……映画観に行ってただけだよ」
「ホォ──、友達、ねえ?……勿論、男じゃないだろうな?」
「当たり前じゃん!女の子だよ?」

 ぎこちない笑顔でそう誤魔化す私の脳内に 「奇遇ですね、私もその映画気になっていたんです。ご一緒してもよろしいでしょうか?」などと話しかけてくる大学院生の記憶が過るが、沖矢さんを何故か目の敵にしている零くんにバレるわけにはいかないとその記憶を頭の隅に追いやった。しかし、今日は尽くツイていないのか“ピコン”と軽快な通知音が玄関に響き渡る。

「携帯……鳴ってるぞ?」

 確認しなくていいのか?と疑問形で問いかけてくるわりには、圧が強すぎて私に拒否権なんて無いようなものだった。今の私に出来ることなんて”どうかゲームの通知とかでありますように!”と願うことくらいだ。勝算はかなり薄い。

 “今日は楽しかったですね。私の車にパンフレットを忘れていましたので、また近い内にお会い出来ませんか?”

 神への祈りは虚しく、沖矢昴という名前と共に画面に浮び上るメッセージに「……女だって言ったよな?」と目の前の鬼が再びお怒りモードになったのは言うまでもない。怖い、怖すぎる!綺麗な笑顔とは裏腹に、口元がぴくぴくと痙攣している。これは完全に怒っているぞ。

「………お仕置きだな?」

 いつもならば、力強くて格好良いと思う筋の浮かぶ腕さえも、逃さないと言わんばかりにがっしりと私の身体に巻きついて抱き上げられてしまった今では恐怖をより一層煽るだけだった。お姫様抱っこだなんて、こんな状況じゃなければキャーキャーはしゃいでいただろう。
 無言のままズンズンと寝室へと向かう零くんの脚は止まることを知らない。慌てて首元にぎゅっと抱きつくと、ちらりと怒りの浮かんだ蒼い瞳がこちらを向いた。

「ち、違うの!零くん、聞いて!」

 今更な言い訳をする私を無視したまま、零くんは私をベッドの上に乱暴に放り投げてその上に馬乗りになると前開きのワンピースを力ずくで引き裂いた。弾け飛ぶボタンに涙が滲みそうになる。

「っ、酷い!この服お気に入りなのに!」
「……反省する気はあるのか?大体、下着までこの色なんて……気に入らない、な!」

 素早くホックを外してベッド脇に投げ捨てられるブラに気を取られていると、ショーツまで引き摺り下ろされて大きく脚を開かされた。太腿にぐっと食い込む褐色の手に身を捩ってもビクともしない。

「優しくしてもらえるなんて思うなよ?」

 ギラついた目でそう告げる零くんを見つめ、出来ることなら沖矢さんに誘われる前の日まで遡って馬鹿な自分を叱りたいと思ったけどもう遅い。後悔先に立たずとは正にこのことだと身を持って学んだのだった──。