「もし、明日地球が滅亡するとしたら君ならどうする?」
狭い会議室に降谷さんの声が響く。
今日は五月二十三日、日曜日だ。本来ならば、休みであるはずの日曜日に何故こんな所にいるかといえば、原因は降谷さんである。溜め込んだ報告書に、領収書、その他諸々の書類。全て月末が期限のものばかりだった。この手の書類は、然るべき場所に提出する前に複数の上司に押印してもらう必要がある。今から作成したとして、提出期限の月末までギリギリといったところだろう。
山積みになった領収書の入った箱を持って公安部に向かうと、運悪くワックスがけの日と重なり、部屋を追い出された私と降谷さんと風見さんは、それぞれ書類とPCを手に持ちこの会議室へと移動した。日曜であまり人が残っていなくてよかった。手際良く空いている会議室の使用許可を取り付けた降谷さんは、腕捲りをして早速報告書の入力に取り掛かった。それが丁度五時間前のことである。
「また随分と哲学チックなこと言いますね」
「別に哲学ではないだろう。ほら、昔流行ったじゃないか。1999年のノストラダムスの大予言に、マヤの2012年人類滅亡説……まあ、どちらも外れたが」
「今度はオカルトですか。てっきり降谷さんはそういった類いのこと、信用していないかと思ってました。ほら、信憑性がないとか言って」
ちらりと横を見ると、こちらを見ていた降谷さんと目が合った。フッと笑みを零し、前髪を掻き上げる。降谷さんじゃなかったら、きっと苦虫を噛み潰したような表情を返していただろう。こんなキザな仕草、実際に似合うやつがいるのだろうかと思っていたが、どうやらここに居るみたいだ。
「よく分かっているじゃないか。まさに九年前、今君が言った言葉を僕は言ったよ。夢がないと景に笑われたが」
大体、人類滅亡説に夢もロマンもないよな、と降谷さんは懐かしむような表情を見せた。きっと大切な思い出なのだろう。時々こうやって諸伏先輩との話をする降谷さんの顔はいつも決まって優しい。じんと胸の奥が熱くなった。
「で、降谷さんはどう過ごすんですか?地球最後の日」
「ああ、僕か」
きっと、最後まで人類滅亡を阻止する為に奮闘するとか言うんじゃないだろうかと思った。降谷さんなら、隕石の衝突だって回避出来そうだ。だって、現に警視庁に落ちてくるカプセルの軌道を修正したこともあるのだし。アルマゲドンよろしく地球、否日本を救おうとする降谷さんの姿が頭に浮かぶ。そんな非現実的な妄想をしていたら、降谷さんが徐に口を開いた。
「僕は、地球最後の日……君とキスがしたい」
バサバサバサと書類が落ちる音が会議室に響く。降谷さんの奥の席で、風見さんが書類をばら撒いていた。眼鏡までズレている。時間が無いというのにまた仕事が増えた。
「キスくらい、地球最後の日じゃなくてもしてあげますから……早く仕事片付けて貰えますか」
目の前のネクタイを掴み、いつもよりも少しかさついた唇に自分のそれを重ねる。一瞬固まった降谷さんが、数秒もしないうちに気を取り直し、フッと吐息で笑った。包まれる頬が、唇をこじ開ける降谷さんの舌が熱い。
「……コホンッ」
早く仕事をしろと言いたげな風見さんの咳払いだけが、狭い会議室に虚しく響いていた──。