「……またか」
これで今月何本目だろうか。二枚爪になり、薄くなってしまった爪の先端を見つめて溜め息を吐く。こうなってしまうと、ふとした拍子に欠けやすくなるのだ。もういっそのことジェルで硬めてしまった方がいいのかもと、眠っていたセルフジェルキットを取り出す。
流石にサロン仕上げとはいかないものの、ポリッシュよりは幾分か持ちがいい。問題は、はみ出さないかである。溜息混じりに電動の爪やすりを握りしめたところで、零くんが読んでいた本から顔を上げた。
「……何だ、さっきから溜め息ばかり吐いて。幸せが逃げるぞ」
「何か最近爪が折れやすくってさ。栄養不足かな?」
「爪?……ああ。君、最近仕事場で手指の消毒をしているんじゃないか?」
「消毒?……確かにしてるけど」
「原因はそれだよ、指先の乾燥だ」
日に何度もしているんじゃないか?手指をアルコール消毒すると油分も持っていかれるから手が乾燥しやすくなるだろう?爪は皮膚の角質が変化して硬くなったものだからね。消毒をしたらハンドクリームなんかで保湿をした方がいい。それから、確かに君の食事は偏っていると僕も前から思っていた。爪の主成分はケラチンと呼ばれるタンパク質なんだ。鶏のささみや大豆に含まれている、などといつもの蘊蓄が炸裂する。成る程、まさかアルコール消毒が原因だとは思いもしなかった。目から鱗だ。
「サラッと今、私の食生活ディスったよね。そこまで言うなら零くんが管理してよ~!」
「……取り敢えず、君は朝食を抜くのをやめろ。話はそれからだ」
「うう、痛いとこついてくるよね!いつもいつも!」
「まずはスムージーでも飲むといい。野菜生活から出ているだろう?ズボラな君でもこれなら出来るんじゃないか?」
「本当いつも一言余計だよね!」
CMかよ、と思わず心の中でつっこんでしまったことはここだけの秘密だ。
◇◇◇
ベースを親指に塗ってライトで硬めていると、零くんの視線を感じた。
「……それはマニキュアか?」
「ううん、ジェルネイル。これをこうやって塗って、ジェル用のライトに当てて硬めるの」
「ホォ──。成る程、ジェルネイルか。意外と簡単に出来るんだな」
「これはまだベースだけだよ。あとはカラージェル塗って、トップ塗ったら終わり」
これがベースで、これがカラー、こっちがトップね、と小瓶を掲げて説明する。最近はワンステップジェルっていう一体型も売ってるんだけど、私は別々の方が何となく剥がれにくい気がしてさ。そんな風に今度は私が蘊蓄を垂れるのを、顎に手を添えるいつものポーズで「ホォ──」と相槌をうちながら真面目に聞いている零くんが少し可愛く見えた。
「でも、はみ出ないように塗るの意外と難しいんだよね」
「ああ、君不器用だもんな」
「ちょっと、そこはフォローするところでしょ!」
「……本当のことだろう」
ジトっとした目を向けると、今度は零くんが溜め息を吐いた。
「ったく、怒るなよ。はいはい、僕が悪かった……貸してみろ、僕が塗ってやるから」
「……零くんに出来るの?」
「君に出来るんだから、僕にも出来るさ」
「っんと、そういうところ嫌味だよねー!」
プンスカと怒る私の左手を掴んで、ローテーブルの上に押しつける零くん。一旦やると決めたら聞かない。意外と頑固である。
「で、これを塗るんだったか?」
「ん、そう」
私が塗った親指をちらりと見遣り、人差し指から小さな刷毛で塗り始める。少し身動ぎをしただけで「こら、動くな」と怒られてしまった。ネイリスト降谷零は厳しい。
「一本ずつ硬めるのか?」
「んー、小指までやっちゃって」
「任せろ」
プラモデルを塗装してる時みたいだな。昔、景とよくガンプラを組み立てたり、ミニ四駆を改造したりしたんだ。そんなことを言いながら、一本一本丁寧に塗っていく。
「ちょっと人の爪をガンプラと一緒にしないでよ」
「はは、流石にガンプラと一緒は嫌だよな。悪かった、撤回するよ」
「そうして」
二人でクスクスと笑い合う。そうこうしているうちに、トップまで終わってしまった。やっぱり手先が器用。……悔しいけど、私よりも上手かもしれない。
「我ながら、中々上手くいったんじゃないか?」
「想像以上に上手くてムカつく」
「君なあ……」
「冗談だよ、綺麗にしてくれて有難う」
零くんの頬っぺにちゅっと口付けを落とすと、予想していなかったのか一瞬固まった後、零くんは嬉しそうにニヤッと微笑んだ。
支払いは頬っぺにちゅーで!
私専用ネイルサロンRei、本日開店──。