米花町五丁目にある喫茶ポアロは、職場から行けない距離ではないが、昼休憩の間に戻ってこられるかというと微妙なところだった。
もしもこれが歩いて行ける距離だったのならば、きっと私は毎日ポアロへ通っていただろう。流石にそれでは安室さんの迷惑になってしまう。きっとこのくらいの距離で丁度良かったのだ。
そう自分に言い聞かせ、デスクの上にハムサンドとアイスコーヒーを置く。その傍らにニャイバーのキーホルダーを添えて。全く仕事と関係のないニャイバーのキーホルダーは、やる気を出す為の私のマストアイテムだ。関係が無いように見えて、これで仕事の効率が上がる。
「それ、君も買ったのかい?」と苦笑する安室さんに、「だって、ニャイバーの中身……安室さんでしょう?」と笑ってみせると蒼い綺麗な瞳をぱちくりさせて驚いていた。
「どうして、君がそれを……!」
「何年安室さんと一緒に居ると思ってるの。動きを見ればわかるよ。それに、風見さんも見かけたし。何かお仕事だったんでしょ?」
「ハア……君には敵わないな。この件は内密に。……僕と名前さん、二人だけの秘密ですよ」
頬を掻く安室さんに「言われなくても誰にも言わないよ」と、彼を安心させるように微笑み返した。
丁度あの日は親戚の子とヤイバーショーを観に行っていたのだ。お決まりの展開に退屈していた時、どうにも見覚えのある動きの愛くるしい猫の着ぐるみが舞台上に現れた。
何故か安室さんと一緒に居ると事件に巻き込まれることが多い。パワー全開の飛び蹴りに、華麗なる身のこなし、そして極めつけのパンチ。あのボクシングの構えは間違いなく安室さんだ。
驚きつつも、周りを見渡せばインカムをつけている風見さんの姿を見つけた。成る程、と独り言を零す私を怪しむ人は誰も居なかった。皆それくらいニャイバーに夢中だったのだ。
わかる、可愛い見た目に秘めた強さ。まるで安室さんそのものだ。人気が出るのは必然的としか言いようがなかった。
「ねえ、梓ちゃん。それ、ひょっとしてニャイバー?」
「え、あ、名前ちゃんも好きなの?ニャイバー。マスターが買ってきたんだけど、今人気みたいよね」
「うん、可愛いよね!何か好きな人に似てるなあと思って。ねえねえ、私もそれ欲しい。マスターに何処で買ったか聞いておいてくれないかな?」
「いいですよ。って、好きな人!?名前ちゃん、その話ちょっと詳しく……」
聞かせてと梓ちゃんが言いかけたところで、奥から「すみませーん!」と他のお客さんの声が飛んできた。
「ほら、梓ちゃん。お客さん呼んでるよ?」
「またそうやって名前ちゃんははぐらかす……」
今行きます、とパタパタ駆けていく梓ちゃんの背中を笑いながら見送ったことを思い出した。私と安室さんの関係は、勿論梓ちゃんどころか他の誰にも言っていない。知っているのは、偶にハロちゃんの世話をしてくれる風見さんだけだった。