「え、零くんも来るの?」
「何だ、僕が行ったらマズい理由でもあるのか」
「いや、そんなことはないけど……」
大ヒット映画「緋色の捜査官」のマカデミー最優秀脚本賞受賞を記念して、日本各地では「緋色の捜査官カフェ」なるものが開催されることとなった。
何を隠そう、この私もその映画のファンの一人である。特に、主人公の緋色の捜査官がとてつもなく格好良いのだ。
性格は極めて冷静沈着で、頭は切れるし、700ヤードも離れた距離からの狙撃をいとも簡単にやってのけるのに、普段のクールなキャラとは一転して突然何かに取り憑かれたかのように熱くなることもある。
いや、彼の台詞を借りるとすれば「取り憑かれているんじゃない……冒されているんだ……好奇心という名の……熱病にな……」ということである。
何だそれ、格好良すぎじゃないか。このギャップに落ちない人がいるとすれば、是非とも教えて頂きたい。
斯くして私は見事この映画にハマり、粗方の台詞を覚えてしまう程度には映画館へ足を運んだ。ナイトバロンシリーズで有名な工藤優作の書いたシナリオ本は勿論読破済みである。
近頃では、事あるごとに映画の台詞を引用する私に零くんがうんざりした顔を浮かべるのは最早日常茶飯事。何でもこの緋色の捜査官のモデルになったというFBI捜査官に心当たりがあるそうだ。
「実際のFBIなんて、碌なものじゃない……手柄欲しさに事件現場に出ばって来て……ドヤ顔で捜査を引っ掻き回し地元警察に煙たがられているような連中だ──この映画では随分と美化されているようだが」
「はあ、零くんってそういうところあるよね。何も映画のキャラクターに嫉妬しなくても……」
「誰が嫉妬だ、誰が。僕はただ真実を言ったのみ……」
「はいはい」
と、こんな感じである。
だから、てっきり興味がないと思っていたのに、いざ私がカフェの予約をしようとしたら何故か僕も行くと言い出したのだ。本当に何故?
「でも、零くん……この映画興味ないでしょ?きっと来てもつまんないと思うよ」
「誰も興味がないとは言っていないだろう。映画ならこの前、君と一緒に観に行ったじゃないか」
「……随分と美化されているとかなんとか文句言ってたじゃん」
「あれは事実だろう?」
「もう……で、本当に行くの?」
「行くさ……名前、君が行くのならな」
「ふふ、何それ」
映画のキャラクターに嫉妬する零くんもちょっと可愛いなあと思ったのはここだけの秘密。案外嫉妬しいなのだ、零くんは。
面と向かって行くなだとかそういうことは言わないけれど、面白くなさそうな顔をする。普段は大人の余裕を見せているくせに、偶に見え隠れするそういうところにキュンと胸を高鳴らせている私も大概だが。
心配しなくたって、私の一番はいつだって零くんなのに。
無事予約を終えたスマホを放り出して零くんに抱きつけば「ったく、やっと僕を構う気になったか」と褐色の腕が私の身体に回される。優しく緩む蒼い瞳に、吊り上がる口端、そしてその言葉尻にも嬉しさが隠しきれていない。
緋色の捜査官以上に、零くんに心を持っていかれてしまうのは自然の摂理とでもいうのか。きっと生まれた時からそういう風に出来ているのだ、私は。その運命に抗うことなど到底出来っこないし、するつもりもなかった。
◇◇◇
「おい、ただのコーラが千円もするぞ」
「ちょ、ちょっと、零くん!聴こえるって」
「大体、僕は紙のストローは好きじゃないんだ……エコだとか言うけれど、ストローよりも削減すべきものが他にもあると思わないか?」
「あのねえ……文句言わないって約束じゃなかった?」
「僕はそんな約束した覚えがないぞ」
「あれ、そうだっけ?」
映画のワンシーンやポスターで埋め尽くされた壁沿いに並び、事前に手渡されたメニューを見ていると零くんが眉間に皺を寄せてそう呟いた。
確かに、一般的なカフェと比べたら随分と価格設定が高い。とはいえ、コラボカフェとは得てしてそういうものなのだ。散々文句は言いつつも、どうやらお金は払ってくれるらしい。
「私が来たいって言ったんだから、払うよ」
「いや、いい。君はWEB予約をした時、既に予約金を支払っているだろう。だから、今回は僕が払うから好きなものを頼めばいいさ」
「予約金って……二人で千二百円だし。零くんの方が高くなっちゃうよ」
「君はその分、グッズを買えばいい。どうせ買うつもりなんだろう?」
「そ、そうだけど……」
「ほら、早くしないと僕たちの番になるぞ」
結局言いくるめられてしまってこの様だ。確か、ドリンクを頼むとコースターが貰えるんだったよな、と何故かそこまで把握している零くんに感心すらしてしまった。
予約特典のポストカードや、ドリンク特典のコースターは言うまでもなくランダムである。ランダム運の無い私は脇役キャラのそれを手にしょんぼりしていると、次の瞬間奇跡は起こった。なんと、零くんが一発で緋色の捜査官を引き当てたのだ。
「ほら、欲しかったんだろう」
君にやる、と得意げな顔をする零くんに周りの目を考えずに歓喜余って抱きついてしまったけど、許して欲しい。「こら、他の人の邪魔になる」と私を咎める顔もまた少し緩んでいた。
「このティーカップ、脚本の工藤優作愛用のものをイメージしているんだって!」
「ホォ──、確かによく似ている。まあ、本物はもう少し重さがあったがな」
「え、零くん……工藤邸行ったことあるの?」
「まあ、仕事でな」
「え、ええええ!!!!」
「おい、名前。君、煩いぞ」
「だ、だって零くん、一言もそんなこと教えてくれなかったじゃん!」
「君も聞かなかったじゃないか」
「そういう問題?」
アフォガードにエスプレッソを注いでいる零くんを見つめてそう問いかけると、唇だけで笑って誤魔化された。これは後で詳細を聞き出すしかない。まさか零くんが、あの工藤邸に行ったことがあるだなんて知らなかった。
「後で聞かせてくれる?」
「大したことは話せないぞ。僕だって数える程しか、行ったことはないし……」
「え、ねえ、もしかして工藤優作本人にも会ったことあるの?」
「……相変わらず、君はミーハーだな」
呆れ顔で笑う零くんに、言い返す術もない。こっそりと聞き耳を立てている隣の客をチラリと見て、ここではこれ以上の追求は難しそうだなと悟った。
零くんの交友関係は一体どうなっているんだろう。謎は深まるばかり──。